使用頻度の低い常用漢字ワースト10

漢検以外

常用漢字とは「法令,公⽤⽂書,新聞,雑誌,放送など,⼀般の社会⽣活において,現代の国語を書き表す場合の漢字使⽤の⽬安を⽰すもの」として、内閣告示「常用漢字表」で示された漢字のことです。

その名の通り、日常的によく見かける字が多く収録されている訳ですが、中には常用漢字と呼ぶにふさわしいと言い難いほど使用頻度が少なく、あるいは用途が限定的すぎる文字も散見されます。

今回はそんな常用漢字の使用頻度が低いものを幾つかピックアップしてみました。

なお、使用頻度については平成28年2月29日に文化審議会国語分科会から「常用漢字表の字体・字形に関する指針(報告)」が発表される過程で行われた「漢字出現頻度数調査(3)」をもとに作成された資料「漢字出現頻度表 順位対照表(Ver.1.3)」を参照しました。

また、本来はワースト10位の発表を予定していましたが、現在の常用漢字表では対象から外された文字が3つランクインしていますので、それらを含め13位から紹介したいと思います。

第13位 朕

音読みで「チン」と読む字。「朕は国家なり」というルイ14世の言葉が有名ですが、天子・天皇の一人称として「朕」は用いられます。訓読みは「われ」「きざ(し)」で、「われ」はそのまま「我」と同じ意味で一人称のこと。
「きざ(し)」は「兆」と同義で、「朕兆(ちんちょう)」という熟語がありますが、この使われ方はマイナーと思われます。

天皇に関する漢字は日常で使用することは稀であり、「常用」漢字からは外しても良さそうな気がしていますが、文字通り聖域化している雰囲気があるのでしょうか。
もはや現代の天皇陛下が「朕」を自称することは全くなくなっており、常用からは程遠いにも関わらず、いまだに常用漢字としてその地位を保っている文字になっています。

第12位 虞

訓読みで「おそれ」と読む字。音読みは表外読みで「グ」。

「落雷の虞」など、危険性や心配事に対して使うべき字ですが、こういった場面では「恐れ」「おそれ」と書かれることが大半であり、ニュースや新聞で使われることはまずないでしょう。

音読みの「グ」は、思いがけないという意味の「不虞(ふぐ)」や、憂えるという意味で「憂虞(ゆうぐ)」などに使うほか、将来的に犯罪を犯す可能性がある少年のことを、少年法の法律用語で「虞犯少年(ぐはんしょうねん)」、植物の名称で、夏目漱石の小説のタイトルにもなっている「虞美人草(ぐびじんそう)」などが主な用例です。

表内読みとしては「おそれ」が唯一の使途であるにも関わらず、実社会での用例が皆無という悲しい字。個人的には新常用漢字の検討過程で常用漢字から外れるのではと思っていましたが、予想に反して残留という結果に。しかし、これ以上に使われない漢字がまだ幾つもあることから考えると、強ち不思議でもなかったのかも知れません。

第11位 丙

音読みで「ヘイ」と読む字で、訓読みは十干の「ひのえ」(=火の兄)がありますが表外読みです。

甲・乙・丙・丁という並びから「3番目」という意味で使われることがあり、現代の用例だと危険物取扱者という国家資格には「甲種」「乙種」と並び「丙種」という分類があります。また、漢文の訓点の一つである返り点では、レ点、一二三点、上中下点を更に囲む「甲乙丙点」というものがあり、これも甲乙に次ぐ3つ目、という意味合いで用いられています。

現代では「3番目」を表現するのに甲乙丙を用いることが少なくなっており、これによって使用頻度も下がっているのかも知れません。

第10位 斤

音読みで「キン」が常用読みで、表外読みですが「おの」という訓読みを持ちます。

使いどころとしては食パンの数え方として1斤、2斤…というものが一番有名と思われ、これが殆ど唯一の用例です。訓読みの意味から「斧斤(ふきん)」という熟語があったりもしますが、ほぼ使われていないでしょう。

このように用例が限定的なこともあり、新常用漢字の制定の過程で常用漢字表から削除される候補に挙がっていましたが、その後何とか削除を免れています。
他方、文字のパーツとしては「近」「祈」「新」などメジャーですので、ある意味見かける機会は多い漢字とも言えるかも知れません。

第9位 捗

音読みの「チョク」が表内読みで、訓読みは「はかど(る)」。

2010年に新たに常用漢字として加わった195字のうちの一つで、「進捗(しんちょく)」という熟語での用例が最もメジャー。ビジネスの場ではよく耳にする熟語であるため常用漢字入りも納得かも知れませんが、逆に言うとこれ以外の用例が皆無であるため、使用頻度ランキングにするとこのような順位に甘んじているようです。

ところで「捗」の右側は「步」となっていますが、これは「歩」の旧字体です。基本的には字体変更で画数が減るものですが、本字については画数が増えるという珍しい変更がなされました。書きやすさや「止+少」というパーツの分かりやすさを考慮してのことでしょうか。

第8位 弐

音読みで「ニ」と読む字。意味としては漢数字の「二」とほぼ同義です。

最近見かけなくなりましたが、日本銀行券の一つに「2000円札」があり、この時の表記は「二千円」ではなく「弐千円」となっています。
このような表記を「大字(だいじ)」といい、複雑で画数の多い漢字を用いることで、領収証等の金銭証書での改竄を防ぐ目的があります。
「二千円」だと「一」を加えるだけで「三千円」に簡単に書き換えられてしまうので、こういったことができないようにするための先人の知恵でしょう。

とは言え、残念ながら2000円札の普及度からも察しがつきますが、大字として「弐」を用いる機会が少なく、使用頻度は非常に低い状況のようです。「一」の大字である「壱」は多く使われていますし、「三」の大字である「参」は大字以外の用例も多く、大字でしか使われないのに、その大字ですら使われない「弐」には涙を禁じ得ません。

なお、漢数字以外では「裏切る」という意味があります。謀反、疑いの心という意味を持つ「弐心(にしん)」のほか、表外読みである「ジ」の用例として「疑弐(ぎじ)」「離弐(りじ)」などの熟語があり、いずれも背く、裏切るという意味です。「2つ」の心があるからこそ裏切りが生まれる訳ですね。

第7位 訃

音読みで「フ」が表内読み。訓読みは「つ(げる)」「し(らせ)」。

2010年の常用漢字表改定にて新たに加わった文字ながら、使用頻度としては低い位置に甘んじる結果に。用途としては「訃報(ふほう)」が主な用途で、日常的に使用するのはこの用語くらいでしょう。

他の用途も「訃音(ふいん)」「訃告(ふこく)」などがありますが、いずれも人が死んだ報せ、という意味であり、「訃報」とほぼ同一の意味となっています。

用途が狭く、またネガティブな文字でありながら、代替の利きづらく、また新聞等での使用頻度が高いことから常用漢字入りを果たした文字です。新常用漢字にはこのような基準での採用も散見されます。

第6位 謄

音読みで「トウ」と読む字。訓読みでは「うつ(す)」と読み、意味としては「写」に近いものです。

「戸籍謄本」や「登記簿謄本」のように、「謄本」がほぼ唯一の用途でしょうか。「謄本」とは原本の内容をそのまま全て写し取った文書という意味で、「戸籍謄本」は戸籍の原簿を丸々写したもの、という意味になりますね。

意味合いだけを見れば色々使えそうなワードですが、日常で何かを全編コピーした文書を「謄本」と称することはなく、「謄本」と言えば戸籍か登記簿を思い浮かべる人が大半でしょう。
また、そもそも用途が限定的なことに加え、現在では「登記簿謄本」は記録方法が変わったことに伴い、「登記簿事項証明書」というのが正式名称となっており、登場機会が減る一方の哀しい文字。

「謄本」自体は必要となる場面も一定数ある中、「謄本」という熟語は使用頻度が乏しかったのかも知れませんね。

第5位 繭

ここからはワースト5位の紹介です。

第5位は「繭」で、読みは「まゆ」、音読みでは「ケン」と読みます。

「まゆ」とは、蚕が蛹(さなぎ)になるときに、いてのこと。また、正月飾りの一つに「繭玉(まゆだま)」というものがあり、これは木の枝に繭の形をした餅や団子を吊るした飾りのことを指します。
音読みの「ケン」も常用漢字表内読みであり、「繭糸(けんし)」「繭紬(けんちゅう)」などの用法がありますが、常用と呼ぶには難読かも知れません。

「まゆ」という言葉自体の知名度はそこそこ高いように思いますが、漢字で書くとなると途端に難度が上がる文字でしょう。かつて養蚕業が盛んだった頃は数多く見られた文字だったのかも知れませんが、時代の趨勢と共に登場機会にも恵まれなくなった文字なのかも知れません。

第4位 璽

第4位は「璽」で、読みは「ジ」。

もはや見たことがない、という方もいるのではないでしょうか。
訓読みは表外読みですが「しるし」と読み、印章や印影といった意味合いがあります。

用例としては天皇の押印である「玉璽(ぎょくじ)」、国家の表徴としての押印である「国璽(こくじ)」、天皇の名前及び印という意味で「御名御璽(ぎょめいぎょじ)」のように使われます。
現在でも、法令の原本に親署や御璽の押印がなされる個所には「御名御璽」の表記があります。

基本的には天子(天皇)の印に限定して使う文字であり、通常の印鑑やスタンプのことを指してこの文字を使うことはなく、当然ながら庶民にとっての常用では全くありません。
第13位の「朕」と同様に聖域枠と言わざるを得ない文字のようにも思います。

ちなみに、第3位以降は2010年の常用漢字表改正にて常用漢字から落ちてしまった文字です。
したがって、”現在”の常用漢字表をでは、「璽」が最も使用頻度が低い文字ということになりますね。

第3位 勺

第3位は「勺」で。読みは音読みで「シャク」。

漢字の意味としては「ひしゃく(柄杓)」という意味で、「杓」の原字でもあります。

用例としては日本古来の単位に尺貫法というものがあり、その単位の一つに「勺」があります。
日本酒などでよく聞く「1合」の1/10が「1勺」ですね。
ただ、尺貫法自体が使われなくなり、その中でも「勺」は単位としても使われる機会が乏しかった結果、常用漢字から姿を消すこととなってしまったようです。

なお、尺貫法については以下の記事でもまとめていますので、よろしければご参照ください。

単位(体積)を表す漢字表記
さまざまな「単位」を表す漢字表記のうち、「体積」にまつわるものをまとめてみました。私たちの生活に馴染みのある「リットル」に加え、「ヤード・ポンド法」は液量/乾量の比較、お米関係で使われる合・升などの「尺貫法」をわかりやすく一覧にしています。

第2位 錘

第2位は「錘」。
音読みで「スイ」、訓読みで「つむ」が表内読みとして定められていましたが、漢字自体が常用漢字から削除されてしまいました。

「つむ」とは、糸を巻き取りながらよりをかける紡績用の道具のこと。熟語としては「紡錘(ぼうすい)」として使われたりします。
ここから転じて、中ほどが太く先端がかけて細くなり、両端が尖ったような形のことを「紡錘形(ぼうすいけい/つむがた)」と呼ぶことがあります。今風に言うならラグビーボール型でしょうか。

(かつての)表外読みには「おもり」という読みがあり、これは主に鉛で作った「おもり」のことを指します。イメージとしては理科の実験道具で使う分銅が近いですね。

第1位 銑

常用漢字使用率ランキング、栄えある1位は「銑」です。
なお先述のとおり、本字も現在の常用漢字表からは削除済みですので、正確には「常用漢字表に掲載されたことのある漢字の使用率ワースト1位」となります。(2023年現在の常用漢字表における1位は「璽」。)

音読みで「セン」と読み、訓読みは「ずく」。

恐らく最もメジャーな用法は「銑鉄(せんてつ)」で、これは高炉や電気炉などで鉄鉱石を還元して取り出した鉄のことをいいます。「銑鉄(ずくてつ)」とも読み、意味は同じです。

これも日常的なものというよりは、一部世界でのみ使用頻度が高い漢字として認められてきたように思われますが、鉄鉱業の衰退と共にこの漢字も常用漢字表からの削除という憂き目に遭ってしまったようです。

終わりに

以上、現在常用漢字表から削除された3字を含む、計13字を紹介しました。

単純に使用頻度や用例が限られているものが多いですが、「繭」や「銑」などは、日本の産業構造の変化と共に使用率が大きく減ってしまった字のようにも見えます。漢字という角度から日本の世相を占うのも、面白いのかも知れませんね。

今回ワースト3位はいずれも常用漢字表から削除されてしまった文字として紹介しましたが、これらの文字は存在自体が消されてしまった訳ではなく、使用してはいけないという訳ではありません。

本ブログでも常用漢字に限らず、様々な漢字を紹介していますが、それは漢字には一字一字に意味があり、魅力があるものと考えている故です。これからも多くの漢字を紹介することで、その魅力を伝えていければと思っております。