漢検一級配当漢字の中で出題頻度が低そうな字

漢検

漢検一級の配当漢字は約6000字あるが、その全てが万遍なく出題されているという訳ではなく、繰り返し出題される頻出の字もあれば、滅多に(あるいは一度も)出題されないような字も散見されるのは事実かと思われる。
今回、漢検一級配当漢字でありながら、漢検の出題形式から見て出題可能性が著しく乏しい漢字を幾つかピックアップしてみる。

選定基準

「出題頻度が低そうな字」は、漢検漢字辞典を基準としたとき、
①訓読みを持たない
②見出し語に用例がない
③「意味」や「下つき」にも熟語としての用例がない
字とした。これらのうち一つでも当てはまらない字は対象外としている。

例えば「垠(ギン)」は②見出し語がなく、③「意味」や「下付き」にも熟語がないが、訓読みとして「かぎり」「さかい」「きし」を持つため①に当てはまらず選外である。
①の条件によって難を逃れた字は多く、「潘(ハン/しろみず・うずまき)」、「籔(ソウ/こめうけざる)」、「柤(サ/てすり)」「筰(サク/たけなわ)」「淌(ショウ・トウ/おおなみ)」「璇(セン/たま)」なども、真面に使用されている様子はないものの一先ず訓読みを持つため対象外としている。

また、①・②を満たしていても、例えば「珂(カ)」は「意味」で「②くつわ貝。くつわ貝の飾り。『鳴珂』」とあり、読みも意味の補足もないながら「鳴珂」という熟語が(一応)用例として挙げられていることから、こういったものは対象とはしていない。
その他、「檬(モウ/ボウ)」は「檸檬(ネイモウ/ドウボウ/レモン)に用いられる字」、「蜴(エキ)」は「蜥蜴(セキエキ/とかげ)として用いられる字」とあるように、ほぼ特定の熟字訓でしか用途のない漢字についても、それはそれで立派な用例があるため対象外としている。

以上の基準によってもなお用例が見当たらない字が、今回の対象である。

「イン」という音読みを持つ。意味は「均整がとれて美しいさま。」。
漢検漢字辞典の説明は以上であり、熟語や用例の解説は全くない。
日本に拳法を伝えたとも言われる江戸時代の人物として「陳元贇(ちんげんぴん)」という人名で使われるなど、中国の人名としては用例がある模様。

「サ・タ」という音読みを持つ。意味は「山の分かれる所。また、道の分かれる所。」。
「山の分かれ」の意を表す字と参考情報が付されるものの、肝腎の用例がない。
遼寧省に所在する古墳に「西岔溝古墓(せいたこうこぼ)」というものがあるようで、日本語での用例はこれくらいか。こちらも中国語としては比較的使用頻度があるように見受けられる。

「ショウ」という音読みを持つ。意味は「①中国、春秋時代の晋の地名。②人の姓。」。
こちらはストレートに地名や人名の用例しか挙げていないが、辞典オンライン 四字熟語辞典には「年高徳邵(ねんこうとくしょう)」という熟語と共に、「年をとっていくにつれて、徳が増えていくこと。「年高」は年をとること。「邵」は高いや、うるわしいという意味。」として「邵」の意味まで載せている。
字通によれば訓義に「たかい」があるともされているので、そういった意味合いは持つようだが、それにしても漢検は出題範囲に入れる以上、自身の漢字辞典で意味ぐらい載せても良いのではないだろうか。

「ショク」という音読みを持つ。意味は「五穀の神。一説に周の祖先にあたる人。」。
似たような意味の漢字に「稷(ショク/きび・たおさ)」があるが、この字は「社稷(しゃしょく)」という熟語を作れる上に訓読みもある。意味としては通りそうな「社禝」という書き換えは残念ながら認められていないようで、漢検で出題されても不正解扱いになるだろう。

「トウ」という音読みを持つ。意味は「すすむ。速く進む。」。
形が似ているが、「本」の俗字としても用いられることがあると参考情報が付されている。
ところで、同じ漢検の公式参考書である「漢字必携」では訓読みとして「すす(む)」を挙げており、同じ出処にも関わらず両者に揺れが生じている。基本的には漢検漢字辞典に依拠するのが正と思われるが、「夲む」という訓読みを出題する意図があるのだろうか。

「トン」という音読みを持つ。意味は「あきらか。火のさかんなさま。」。
中国の地名として「燉煌(とんこう)」があるとされるが、「敦煌」と書くのが一般的なので用例として適切かは定かではない。
辞典オンライン 四字熟語辞典には「燉煌五竜/敦煌五竜(とんこうごりょう/とんこうごりゅう)」を挙げており、これによると「中国の晋の時代、朝廷が設置した官吏を養成する大学で、評価が高かった敦煌出身の五人の総称。」という意味。
いずれにせよ地名ぐらいでしか用例がない字であることから、漢検で出題される可能性は極めて低いと言わざるを得ない。

「ハイ」という音読みを持つ。意味は「かさなり。また、つぼみ。」。
漢字辞典オンラインでは「碚磊(はいらい):積み重なった石」、「碚礧(はいらい):つぼみ」という用例を挙げているものの、漢検漢字辞典では何らの用例も記されていない。
碚礧」に関しては「礧」が漢検配当外だが、「碚磊」は配当漢字で構成されているので、これを用例として掲げても良いのではないだろうか。出題範囲とする以上、出題する意欲を見せてほしいものである。

おまけ:判定微妙な漢字たち

(1)渭
「イ」という音読みを持つ。意味は「中国の川の菜。渭水。『渭陽』」。
「渭陽」とは漢字源によると「渭水の北がわ」という意味のようで、「渭水」とは川の名なので要するに地名である。同じく漢字源には「涇渭分(けいいわかる)」という故事成語があり、涇水が濁流で渭水が清流であることから、物事の区別の明らかなことのたとえという意味だそう。漢検好みな雰囲気ではあるが、「涇」が配当外のため出題可能性は絶無である。

(2)浙
「セツ」という音読みを持つ。意味は「中国の川の名。浙江。また、浙江省のこと。」。
「渭」と似たパターンで、こちらも意味中に「浙江」という具体的な用例があると見做し選外としたものの、書いてある内容は「渭」と殆ど変わらず地名を指しているのみ。
字通には「よなぐ(≒米を焚く)」という字訓があるとされているが熟語の用例は見当たらず。

(3)陝
「セン」という音読みを持つ。意味は「中国の県名。また、陝西省の略。『陝塞(せんさい)』」。
同じく1級配当漢字に「陜」があるが別字。
こちらも中国の地名を示しているのみ。「陝塞」も「陝西のとりで」という意味に過ぎない。
字通によると「陝輸(せんしゅ/せんゆ)」という熟語があり、「きまりのないさま」を表すそう。ただ、訓義としては地名の意味合いしか載せていない。

(1)~(3)はいずれも中国の地名を示す字であり、熟語や用例がないとは言えないものの、漢検の出題傾向としては固有名詞の出題は熟字訓に限定されていることからも、上記のような漢字が登場する可能性は極めて乏しいと思われる。
ところで、漢検一級の配当漢字はJIS第二水準までの漢字全てではなく、一定数除外されている。例えば「洙(シュ)」や「潁(エイ/ヨウ)」、「渤(ボツ)」なども主には中国の地名でのみ用いられる字であるが、これらは配当外である。同じ理屈で考えれば(1)~(3)も配当外となりそうなところ、この辺りの判断基準は気掛かりである(そこまで精緻な分類をしていないだけかも知れないが。)。

(4)膣
「チツ」という音読みを持つ。意味は「女性の生殖器の一部。至急から体外に通じる管。ちつ。」。
唯一①~③のいずれにも該当する字である一方、音読みの「チツ」は単独で使用される言葉でもあり、いわゆる音読みとは若干性質が異なることから「出題頻度が低そう」とは言えないと判断した。
音読みが単独で使用される漢字は多くあり、「線(セン/いと・すじ)」「陸(リク/おか・くが)」「鉄(テツ/くろがね)」などは寧ろ訓読みがマイナーではないだろうか。
ちなみに異字体(許容字体)に「腟」がある。医学用語としてはこの「腟」の方が正当の模様。

参考資料

1.漢検 漢字辞典

2.漢字辞典オンライン

3.辞典オンライン 四字熟語辞典